小説『終わった人』と私

内館牧子さん著作の小説『終わった人』ですが、講談社から2015年9月17日に単行本が出版されました。
そして、今年(2018年3月15日)、講談社文庫から文庫本として出版されました。

「定年って生前葬だな。」という、衝撃的な一文から本書は始まり、主人公の「田代壮介」の視点で小説が書かれています。
既に定年退職を迎えた人、または、近く定年退職を迎える人にとっては、主人公「田代壮介」が一人称で語るため、かなり自分に置き換えてこの小説を読み進めてしまう事になると思います。

私の場合、本屋で手に取った本を購入するかどうかは、「あとがき」と「解説」をサクッと読んで、そこから得る印象で決める事が多いのですが、この『終わった人』(文庫本)に関しては、即購入、迷いはありませんでした。

圭一
私は、主人公「田代壮介」の様にエリートコースを歩んでいませんが、自分の人生に置き換えながらグイグイと小説に引き込まれて、あっという間に読み終えました。

主人公「田代壮介」の略歴

主人公「田代壮介」は、1949年(昭和24年)生まれの団塊世代で、岩手県盛岡市で生まれ。
中学時代は普通の成績の生徒であったが猛勉強して、岩手県立の名門高校に進学した。さらに東京大学法学部から、一流メガバンクに就職。

メガバンクでもトップクラスの支店勤務を経て、43歳で本部の業務開発部長に抜擢され、さらに役員につながるポジションの企画部副部長に45歳で着任した。
同期の出世レースでも先頭を走っていたが、49歳のある日、突然子会社への出向を命ぜられた。いわゆる人事の妙というやつで、本人の実力や会社への貢献度、人格見識とは別の力学が働いた結果、役員落選となった。

そして2年後の51歳の時に、メガバンクから子会社への「転籍」を言い渡された。これで、主人公「田代壮介」は、『終わった人』を実感した。
そして今、子会社の専務取締役で63歳の定年退職を迎えた、その日から、この小説がスタートしています。

主人公「田代壮介」が定年退職後に語る言葉

ここからは、主人公「田代壮介」が定年退職後に語る言葉を少し引用します。

・「定年後は思いきり好きなことができる」だの、「定年後が楽しみ。第二のスタート」だのと、きいた風な口を叩く輩は少なくない。だが、負け惜しみとしか思えない。それが自分を鼓舞する痛い言葉にしか聞こえないことに、ヤツらは気づきもしないのだ。

・定年というのは、夫も妻も不幸にする。
   経済力と健康が許す範囲で、あるいは許す工夫をして、見飽きた老伴侶と別行動を取ることは、
   結局は互いのためになるかもしれない。

・「散る桜 残る桜も 散る桜・・・」(良寛の辞世の句)
   今、咲き誇っている桜は、散っていく桜を他人事として見ているだろうけど、
   しょせん、そいつらもすぐに散る。残る桜も散る運命なんだってこと。

・休日に昼間まで寝ていることも、陽の高いうちから酒を飲んでテレビのスポーツ中継をみることも、絶対にやらない。それは、仕事という芯があればこそやって快感なのだ。芯がないのにそれをやると、気持ちがすさむ。

・サラリーマンは、人生のカードを他人に握られる。配属先も他人が決め、出世するのもしないのも、他人が決める。俺が銀行で役員になれなかったのも、種々の要因はあったにせよ、他人が決定した。

・「終わった人」という現実がありながら、まだ仕事をしたがっている。趣味には生きられない。こうして死ぬまで息を吸っては吐いているしかないのか。

・成仏するためには、成功することが必要なんだ。成功して終わりを迎えて初めて、成仏できる。うまく行かないまま、15年、20年と続けても成仏できないよ。

・「思い出と戦っても勝てねンだよ」

圭一
主人公「田代壮介」は、まだまだ含蓄ある言葉をたくさん語っていますが、私が「田代壮介」に感情移入しているせいか、彼が語る言葉には、いちいち共感してしまいます。

文庫本の「あとがき」から

著者の内館牧子さんが、この小説『終わった人』(文庫本)の「あとがき」を書いています。一部引用します。

定年を迎えた人たちの少なからずが、「思いっきり趣味に時間をかけ、旅行や孫と遊ぶ毎日が楽しみです。ワクワクします」などと力をこめる。むろん、この通りの人も多いだろうが、こんな毎日はすぐに飽きることを、本人たちもわかっているはずだ。
だが、社会はもはや「第一線の人間」としては数えてはくれない。ならば、趣味や孫との日々がどれほど楽しみか、それを声高に叫ぶことで、自分を支えるしかない。

(中略)60歳代というのは、男女共にまだ生々しい年代である。いまだ「心技体」とも枯れておらず、自信も自負もある。なのに、「お引き取り下さい」と言われるのだ。・・・・・・

「60歳代というのは、まだまだ生々しい年代である」と、私も感じていたことなので、内館牧子さんの鋭い指摘に、関心する事しきりでした。

文庫本の「解説」から

三菱重工業相談役の佃和夫さんが、この小説『終わった人』(文庫本)の「解説」を、お書きになっています。 素敵な内容なので、一部引用します。

私(佃和夫さん)の大学時代の同級生に水町五郎という男がいる。工学部機械工学科を卒業後、鉄鋼メーカーに就職したが5年で退職、医学部で勉強し直し医師となり、今、大牟田で広く老人医療に携わっている。(中略)彼と小料理屋で酒を酌み交わしながら「お前は自分で言うほど立派に成仏していない」などと言い合っていたら、側で聞いていた女将に、「お二人とも、自分があまり立派じゃないと自覚しておられるから、まだ救いがありますわよ!」と豪快に笑い飛ばされた。

お二人が小料理屋で酒を酌み交わしながらお話している、あたたかな情景が目に浮かびますね。いいですね!
「解説」を書かれた佃和夫さんと、著者の内館牧子さんの出会いも素敵なエピソードとして語られています。

圭一
興味がある方は、文庫本をどうぞ。

文庫本の紹介

それでは、小説『終わった人』の文庫本を紹介します。

  引用:終わった人 (講談社文庫) 文庫 – 2018/3/15

最後に/読後感

この小説の主人公「田代壮介」は、まだ頭も身体も元気だが、定年退職で子会社の役員を最後に、職場を追われることとなった。

その後の、生きる力を振り絞りいろいろな事に挑戦するが、
スポーツジムでは、ジジババとの他愛のない話に興ずる事ができず、そのサークルに馴染めない。
カルチャーセンターでは、本当に生き甲斐として打ち込める課題を見つける事ができずにいた。

定年後の自分の居場所を探しあぐねた、そんな折、カルチャーセンターにいた若い青年と出会い、数十年慣れ親しんだ戦場(会社という実践の場所)に再び身を投ずることになる。
そのリスクの大きさが、今の自分の身の丈を超えていたにもかかわらず...... 。

圭一
これ以上は、ネタバレになるので、私からの紹介はここまでにしておきます。

 
本当に、内館さんの指摘の通り、60歳代は定年退職しだが「心技体」とも枯れておらず、自信も自負もあり、男女共にまだ生々しい年代であると実感します。

この小説の主人公のように、自分の身の丈を超えたリスクのある社会復帰でなく、ほとんどリスクのないリターンマッチ(社会復帰)をしたいものです。

私は、リスクのないリターンマッチ(社会復帰)の手段として、定年退職した60歳代の人にも「ブログの開設」が最適だと思っています。

この小説にも登場する、主人公の高校時代の同級生の「二宮 勇さん」は、ボクシングのレフェリーというサイドワークを手にすることで、人生の生き甲斐を見つける事ができるわけです。それも現役時代の40歳代から始めた事で...... 。

現役時代の40歳~50歳代から「副業」としてブログを開設すれば、定年退職を迎えた時にはブログも順調に育ち、定年後もブログを通して社会との繋がりが継続でき、「生き甲斐」を手に入れる事ができると......私は信じてます。

  ・今までの長い人生の経験を活かし
  ・その経験に基づいた知識・知恵を価値ある情報として提供し
  ・多くの利益を追求することなく(そこそこの売上で折り合い)
  ・情報提供の場所として、ブログを構築する

現役時代から「副業」としてブログを開設して、数年後を目途に100~数百記事程度を投稿し、価値のある情報が提供が出来れば、少しづつでもアクセスが集まり、サイトの評価が高まるでしょう。
そしてサイトの評価が高まれば、記事に見合った商品を紹介することで、サイトから収入を得ることは十分に可能だと思っています。

何よりも、読者から一定の反応が得られる事は、ブログを通して社会との繋がりを強く感じる時です。

さらに、嬉しいことにブログを運営する年間費用は、少ない金額(年間数万円程度)で済むという事です。 (極めてリスクの少ない仕事でもあるのです)